人気ブログランキング | 話題のタグを見る

一人でも

駅までの坂道を歩いていると、
夫婦だと思う二人連れが、
日が長くなったねと話していた。
のんびりと歩いているものだから、
端により追い越したとき、
夫人が夫に話していた。
何気ない語りかけに、
夫はどう答えるんだろうか。
その声を聞く前に、
二人は後ろに遠ざかることになった。

夕方、五時を回った頃。
空にはまだ光が満ちていて、
ひよどりが飛び回っていた。
間に合うだろうか。
三宮まで行かなければ
ならなかった。
午後六時の約束だった。
自分の時間は季節を忘れている。

十年ぐらい前からだろうか。
暮らしのリズムが変わってしまった。
愉快な方にではなくて……
心の守りかたを知らずに、
人並みの大人の暮らしを
してしまったからだろうか。

人は皆、自分の世界で生きている。
良いことも、悪いことも、
好きなことも、嫌いなことも、
皆、人それぞれだ。
そして、多くの人々は、
その折り合いを上手につけながら、
自分以外の人とも話ができる。
自分以外の人とも争わずに、
暮らしている。

夫婦はその典型なんだろう。
日が長くなったねと、
同じ歩幅で散歩をしながら、
話しかけられることほど、
尊いことはないのだ。
少なくもそれに憧れていた。
憧れは憧れに過ぎなくなった。

坂道の二人があそこに至るまでには、
他人には想像もできない物語が
あったことだろう。
もしかしたら、
未だその途中かもしれない。

二人のことを考えながら、
歩いて歩いて、
電車に乗って電車を降りて、
三宮、トアロードを過ぎて、
旧居留地をまた歩いた。
ブランド品がウインドウにあって、
フェラーリやポルシェが、
自転車ぐらいの気楽さで
すれ違う通りも、
さすがに暗くなっていた。

きらびやかな現実を横目にしながら、
どこまで歩いても、どこを歩いても、
あの夫人のように、
季節を投げ掛けられたらと思う。
季節はそのためにあると言えば、
それもまた跳ね返ってくるのか。

トアロードから南へ降りて、
ようやく仕事先に着いた。
朝までに片付けることがあった。
守衛室の横を抜けて部屋に上がった。
明かりを点けたとき、
日が長くなったねという、
夫人の言葉を思い出した。
朝も早くなってるんだと、
夫は言っただろうか。
何も言わなかっただろうか。
男だから何も言わないか。

デスクに向かった。
一人でも負けずに大人を生きる。
早くなっている朝までに片付ける。
答えのない日常から、
逃げずに、逃げずに……
家族の笑う声は小さかった。
by SBM0007 | 2017-02-26 23:08 | グリーンラビット

葉のひとしずく

by SBM0007